歴史

御殿山は、成熟の邸宅街としての街並みや環境が守られた誇り高き街です。

御殿山は、成熟の邸宅街としての街並みや環境が守られた誇り高き街です。

御殿山は、武庫川が山間部から大阪平野に出てくる地点にあたるという 地理的条件から、有馬街道や西宮街道など多くの街道が通り、 宿場が設けられるなど交通の要衝として栄えました。また周辺に長い歴史を もつ寺社も多く、古くから信仰を集めていました。

昭和初期には、御殿山一帯で住宅地開発が始まります。 大阪や神戸に近い邸宅街として人気を集め、多くの文化人や著名人が 居を構えました。こうした邸宅街では、神戸開港以降に流入した西洋文化の 影響を受け、のちに「阪神間モダニズム」と呼ばれる文化が醸成されましたが、 宝塚では、ハイカラそのものではなく、特有の香りを放っています。
小林一三がもたらした宝塚歌劇に象徴される観光・大衆文化が根底にあります。

宝塚伝承地のひとつが御殿山。

現地の南隣、阪神・淡路大震災で被災された方を対象にした団地「フレール宝塚御殿山」の敷地内に、宝塚の名前の由来に関係する石碑があります。

宝塚伝承地のひとつが御殿山。

宝塚は、古く縄文・弥生時代から人々の営みが続けられてきた土地。200基を超す古墳などがその歴史を物語っています。1701年に岡田渓志が編纂したとされる地誌「摂陽群談」には、“この塚のそばで物を拾うものに必ず幸せあり。このことによって宝塚の名がついたと言われている”と紹介されています。「塚」とは古墳のこと。幸福をもたらす土地として語り伝えられ、宝塚の地名が生まれたと考えられています。